稲部市五郎種昌の碑(富岡市七日市)

 稲部市五郎種昌は現在の長崎県出身。

 江戸時代後期、長崎出島でオランダ語の通訳をしていました。文政11年(1828年)におきたシーボルト事件で、これにかかわり厳しい罰を受けた日本人50人の1人です。

 異郷の七日市藩に永牢され、11年後に病死した市五郎の罪は、明治元年の恩赦によって消えました。

 この事件・人となり・業績を後世に伝えようと、牢跡にこの碑が建てられました。

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稲部市五郎種昌の碑(富岡市七日市)

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